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1931年~1981年
1931年
8月25日 兵庫県尼崎市守部地域に暮らす同胞たちに福音を宣べ伝えるために、呉泰守氏が当時神戸で宣教活動中の L.L. YOUNG 宣教師に後援を要請した。その結果、神戸中央神学校に在学中であった金致善神学生が派遣された。
11月25日 武庫村下澤19番地の松永氏宅の一部屋を借用し、伝道所として発足した。この時に尹正錫氏とその妻・李小述氏が最初に入信し、地域社会で活躍する方々が次々と出席するようになった。
1933年
4月 武庫村今北字小袋57番地に小さな木造建物の教会堂が新築された。
8月 夏季教会学校を開校し、教師6名・学生50余名が参加し、教会学校が本格的に始動した。
9月 台風の来襲により教会堂が全壊した。
11月 金致善牧師がアメリカ留学に出発し、後任に崔成坤副牧師が赴任した。崔副牧師は祈りを重ね、短期間のうちに新たな木造スレート葺きの教会堂を再建した。臨時堂会長は L.L. YOUNG 宣教師から文宗洙牧師が受け継いだ。
1934年
4月 教会の付属機関として養民幼稚園を開園し、後任の教役者として李チャンミン牧師が就任した。当時の教会員は30余名であった。
1935年
3月 養民幼稚園の第一回卒業式を挙行し、5名の卒園者を輩出した。臨時堂会長はハンテウク牧師であった。
5月 関西中会(現・地方会)を本教会堂で開催した。
11月 在日朝鮮基督教守部教会として昇格し、新築された教会を献堂した。教勢:40余名。
1936年
6月 L.L. YOUNG 宣教師と金致善牧師が博士学位を取得し、感謝礼拝を捧げた。臨時堂会長に金致善牧師が就任した。
1937年
5月16日 朴又甲執事を初代長老に将立した。
1938年
5月15日 尹正錫長老を第2代長老に将立した。
1939年
5月11日 李守弼牧師が初代牧師に就任した。教勢:壮年50名、教会学校65名。
1940年
金銀礼伝道師が初代女性伝道師として赴任した。
6月 張龍伊執事が第3代長老に将立された。
1941年
1月 秋達伊執事が第4代長老に将立された。
12月 太平洋戦争が勃発し社会情勢が激変した。朝鮮人教会が認められず、強制的な措置により、日本基督教団傘下への編入を余儀なくされた。同時に教会名も「武庫川教会」に改名された。この時から礼拝において必ず日本語で説教することになり、日本人刑事の監視のもと、非常に厳しい状況が続いた。
1942年
弾圧にもかかわらず教会は成長を続け、教勢は男子20余名、 女子40余名、教会学校生徒50余名に達した。
1943年
2月 織田楢次牧師を講師に迎えて、初めて復興聖会を開催し、豊かな恵みにあずかった。
3月 安鳳圭執事を第5代長老に将立した。
9月27日 第2代長老の尹正錫長老が召天した。
1944年
張重良執事を第6代長老に将立した。
1945年
2月 太平洋戦争の悪化により空襲が激しくなり、信徒たちは疎開し教勢が衰えた。尼崎教会と武庫川教会は合併した。
7月15日 堂会長の李守弼牧師は戦時中に帰国した。
8月15日 解放の鐘の音と共に、散らばっていた信徒たちが再び集まり始めたが、無牧の状態ながら、金守東執事と金晩俊執事を中心に約20余名が集まった。
1946年
朴命俊牧師(大阪教会)が臨時堂会長に就任した。
1947年
10月 織田楢次牧師を講師に迎えて伝道集会を行い、豊かな恵みにあずかった。
1948年
5月
