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2026年5月24日

聖霊が下る

2026年度聖霊降臨節を迎えられました。

この時間を、私たちがこの御言葉を学問的・知識的に理解する時間ではなく、実際に体験する時間となりますように願っています。この箇所を記したヨハネは、弟子たちの中でも特別な弟子です。最後の晩餐の席で、頭をイエス様の胸に寄り添わせて横たわっていた人です。おそらくその時、イエス様の心を 悟ったのではないだろうか? イエス様の母マリアを生涯見守り、そして他の弟子たちは 殉教したが、ヨハネは殉教しなかった。

特に第20章、第21章では、弟子たちはイエス様の十字架の出来事に皆恐怖を覚え、逃げ出した。

部屋を閉め切って臆病にも、その後、恐怖の中で縮こまっているところに、復活された主は弟子たちに現れたのだ。恐れて臆病にも隠れている彼らに現れて、ヨハネ20章21節この部分が理解できるだろうか? 立場を変えて、一度考えてみよう。

皆さんが、とてつもなく恐ろしく、そして不安で、この席に座っているところに、突然主が来られて、ヨハネの福音書20章21節の御言葉を語られたとしたら、私たちが「アーメン」と言えるだろうか?

誰も この御言葉が心に響かないだろう。しかし、この御言葉は非常に 重要な 御言葉だ。

すなわち、今日、私たちに当てはめるならば、私たちは救われた民となり、彼らに対して主が「私も父に遣わされたように、あなたがたも私が遣わす」と言われたことは、私たちもこの世に遣わされた人々であるということだ。初代教会の使徒たちが持っていた信仰を、私たちが受け継がなければならないということだ。もちろん、簡単な問題ではない。まさか、家庭を捨て、仕事を捨てろということか? 非常に重要な御言葉だ。

神様がイエス様をこの地上に遣わされたのは、神様の壮大な救いの計画の中で成し遂げられたことである。アダムの不従順によって、私たち人類は永遠に滅びるしかなかったが、イエス様の従順によって、アダムの不従順が命の御業へと変わったのである

このように、私たちの主も「私もあなたがたを遣わす」と言われたのは、初代教会の使徒たちの信仰を受け継げということである。与えられた使命を果たせということである。

聖霊に満たされる教会、信徒になりましょう。

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